心不全患者の事例紹介

事例紹介(Aさん、97歳、男性)

Aさんの基本情報

診断:急性心不全

既往歴:高血圧・奇形性脊柱症・逆流性食道炎・高尿酸血症・狭心症・白内障

Aさんは急性心筋梗塞を発症し、それにより心筋の収縮機能が低下して心拍出量が減少したため、心筋への血流量が急激に減少して、急性心不全・急性腎不全を起こし入院となった。


 Aさんに冠動脈の閉塞が起きた原因としては、90歳と高齢であるため体内の水分量が成人と比べて少ないこと・胸水の治療として使用していたラシックスにより体内の水分量が減少したこと・喫煙歴があること・高血圧などによる、冠動脈のアテローム性(粥状)動脈硬化・冠動脈の攣縮・動脈壁の肥厚が考えられる。

また既往歴にある狭心症は、狭心症発作が頻発したり発作時間が長いと心筋梗塞への移行率が5~25%であるので、狭心症から移行した可能性も考えられる。Aさんの入院時の検査データをみるとCRP:9.9mg/dl、AST:50IU/ℓ、CK:735IU/ℓ、WBC:9,400/µℓであった。これらは、急性心筋梗塞により心筋組織が壊死したことにより、すべての値が基準値を大きく上回っていたのだと考えられる。


 急性心筋梗塞の合併症として挙げられるものの1つに急性心不全(急性左心室不全)がある。心機能は心筋の収縮能・前負荷・高負荷・心拍数が密接に関係し合っている。心筋梗塞によって心筋の収縮能が低下するため、ポンプ機能が障害され心不全に至ることもあり、その発症率は30~60%前後といわれている。急性心筋梗塞は、心臓に栄養を供給する左右の冠状動脈の硬化により生じた血栓が血流を傷害することにより起こるものであるが、左心室からの全拍出量の約5%が冠状動脈に流れているといわれている。また血液供給領域は左冠状動脈の方が広範囲なため、合併症では左心不全が起こることが多い。そのためAさんの今回の心不全もこのような機序で起こったのではないかと考えられる。
 左心不全は左心室機能障害により左心室の収縮力が低下し、左心室拡張終期圧及び容量の増加が生じ左心室拡大する。それに伴い左心房圧の上昇、ついで肺静脈圧及び肺毛細血管圧の上昇がおこり、肺静脈うっ血をきたし、血管壁から体液が漏出する。肺静脈うっ血により肺の伸縮性が低下し、有効な気道スペースが減少して呼吸に際して肺の膨張性も低下するため、ガス交換障害が起き呼吸は浅く速くなる。Aさんにもこの症状がみられている。また肺の間室への体液の漏出により、肺胞での換気が障害されて動脈血酸素飽和度が低下し、呼吸困難は増強する。そのため臥位の状態では血液が胸郭へと還流し静脈環流量の増加を起こしてしまうので、半座位や座位の方が呼吸困難は軽減される。Aさんもリハビリや車椅子に移乗などの活動後に「少し息が苦しい。」という言葉が聞かれる。ガス交換障害により起こっている低酸素血症に対する治療として、2ℓ/分の酸素投与が行われているため、入院時は87%であったSpO2が現在は95~99%に保たれている。またAさんは日常的にギャッチアップされていて、マットレスの下に枕を入れて高さを調節したり腰のところにクッションを入れたりと、より安楽な体位となるようにご自分で工夫をされている。
 Aさんは1年前にも心不全から胸水貯留を認め入院している。この時の心不全は、虚血性心疾患である狭心症が既往としてあるため、心室の拡張性が損なわれることによって起こった右心不全であると考えられる。そして胸水は右心不全の症状であると思われる。左心不全では“肺うっ血”が生じ血症成分は肺胞内に染み出し“肺水腫”となる。一方、右心不全では全身の静脈うっ血が生じるので、胸膜のおもに“壁側胸膜”からの漏出がおこり胸水の貯留が認められるようになる。今回の入院でも胸水の貯留が認められ、穿刺とラシックスの服用が行われていたが、現在ラシックスは服用していない。
 またAさんは急性腎不全も引き起こしている。これは心不全により、細胞外液の増加や体液量の異常がおこり全身的な循環不全がおこった結果であると考えられるため、腎前性腎不全であると思われる。腎不全により、腎機能が障害されている状態なので、入院時の血液データではUN:37.6mg/dlと基準値を大きく上回っている。しかし9/18現在のデータをみるとUN:14.6mg/dlと下がっているので、腎機能は改善傾向にあると考えられる。
 入院約1週間後の9月7日、Aさんは調子の悪さを訴え、神経学的所見上、右顔面神経麻痺、呂律障害、右上下肢麻痺を認めた。診断として頭部右慢性硬膜下血腫を認めるが、明らかな病巣とはいえない。今回の病巣は左視床でのラクナ梗塞が原因であると考えられる。ラクナ梗塞は、脳血栓症の中で脳深部に直径15mm以内の小梗塞が形成され、経過とともに空洞化した中に液体が貯留したものをいう。脳血栓症は、頭部・脳血管の主幹動脈にアテローム性の血栓が形成され、血管の閉塞または狭窄によって起こる血流障害である。Aさんの脳梗塞は、高齢であることや利尿剤であるラシックスを服用していたため体内の水分量が少ないこと・喫煙歴があることなどにより脳の主幹動脈や深部動脈に粥状硬化がおこったことが原因であると考えられる。神経学的所見は少しずつ改善しており、現在みられる症状は右手の薬指と小指の拘縮と多少の呂律障害である。
 Aさんが現在1日に服用している薬は、タケプロンOD錠 15mg 1錠、バイアスピリン錠 100mg 1錠、シグマート錠 5mg 3錠である。タケプロンOD錠は、既往歴にある逆流性食道炎に対する薬で1回/日朝食後に服用している。バイアスピリンは抗血小板薬であり、狭心症・心筋梗塞・脳梗塞に対する薬で、1回/日朝食後に服用している。シグマートは狭心症に対する薬で、3回/日毎食後服用している。そのほかに点眼薬として、ガチフロとフルメトロンが処方されている。また心不全の早期発見のために電極を付け、呼吸心拍監視モニターで監視中である。
 今後起きる可能性のある合併症や二次障害としては、脳梗塞・心筋梗塞の再発、心原性ショックなどが考えられるため、今後も経過観察が必要である。
 また8月28日に痰培養検査にて、MRSAが検出された。MRSAとはメチシリン耐性黄色ブドウ球菌の略であり、メチシリンだけでなく多くの抗生物質に対して耐性をもつ多剤耐性の黄色ブドウ球菌である。黄色ブドウ球菌は、ヒトの常在菌であることからMRSAが検出されてもすぐにMRSA感染症とは診断されない。たとえMRSAが検出されても、MRSA感染症の特徴とする臨床症状を呈さないものは保菌者という。Aさんも臨床症状は呈していないため、保菌状態であるといえる。Aさんは高齢であるためMRSA易感染性患者として考えられるので、今後感染者とならないように経過を観察していく必要がある。また、Aさんは高齢のための免疫力の低下、嚥下障害、セルフケア不足などにより、肺炎や尿路感染などのさまざまな感染症にかかる可能性のある患者さんなので注意していく必要がある。


  • 最終更新:2017-09-28 23:32:18

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